久遠の輪舞(前編)1章・・・・・ 『 久遠の輪舞(前編) 』 ・・・・・ ~ elegy 《 悲しみの歌 》~ 「准将、俺らはシンに渡るな」 ロイは握り締めていた拳を、更に硬く強く握り締め、彼の言葉から受ける衝撃に耐えようとしていた。 彼が今夜、そう言うだろう事は、薄々判っていた事なのだ。 だが実際に告げられれば、幾ら予期していた言葉だったからといって、 受ける辛さが和らぐと言うものでもない。 逆に最後の宣告に、タイムリミットを突きつけられ、 自分の不甲斐なさに愕然とするしかなくなった結果になっただけなのだから・・・。 ロイはカラカラに乾いた口内から、何とか言葉を告げようと思うのに、 出てくる言葉は何の文章も成さなず、無様な程掠れて零れていく。 「は、がね…、エドワード」と。 自分を呼ぶ声の中から、全てを理解したと言うかのように、目の前に立つ彼が優しげに、 そして本の少しだけ哀しそうな笑みをロイに向けてくる。 … 良いのだと、解っている…と言うように。 「明日の情報が公開されれば、漸くあんたの上への足掛りが動かせるようになる。 そうなれば、俺らの仕事も終わりだ。 これ以上、あんたの足を引っ張ると判って、傍に居るわけにはいかない。 禍根の憂いは消し去っておかないと…な。 さよならだ、准将…、いや、ロイ」 清清しいまでに綺麗に微笑んで、エドワードはきっぱりと告げた。 最後の言葉を告げた時、彼の瞳の中が揺れていたのは、ロイの見間違いなどではないだろう。 ロイは引き止める言葉も、別れを惜しむ言葉も、告げる事さえ出来ずにいた。 いいや、言葉は何十も、何百もある。 そして、それ以上に別れを拒む思いは、幾千、幾万と溢れ出しそうになっている。 が、それを告げ引き止めることは、彼の生命を脅かすのと引き替えだ。 時に、傍にあって戦い 離れては、互いを守る為に闘い 常に魂を寄り添わしながら、共に歩んできた相手を。 今手放してでも、生きていて貰いたいなら、ロイに告げれる言葉は無い。 「必ず、戻してみせる。 必ずだ……」 そう告げながら、ロイは腕に抱きしめた存在を確かめるように、力を強く掻き抱く。 「うん…、判ってるから…待ってるから、俺も」 そう返してくれるその言葉を、心に刻みつけるように、ロイは何度も誓う。 必ず、この手に戻して見せると… ~ lento《ゆるやかに》 1 ~ 別に周囲が騒ぐほど、エドワードがロイを毛嫌いしているかと言うと、 そんな訳でもないのだ。 まぁ確かに、少々他のメンバーと話すときよりは、乱暴な口調にはなっているのかも知れないし、 態度も…余り褒められたものでは無いかも知れない。 口煩い弟には、 『兄さんは礼儀がなってない!』と叱られる事もしばしばだったが、『でも』とエドワードは思う。 『悪いのは、俺だけじゃないだろう』と。 相手の態度も、大人だと言う割には何かと突っかかってくるし、 人をおもちゃか何かとでも思ってるのか、嫌がらせに近いからかいもしょっちゅう。 なのにそんな相手の態度には、自分たちを甘やかしているんだ等 と、 誤解に近い感想を告げられるのは、どう考えても理不尽じゃないだろうか? 『それに』と、司令部の廊下を歩きながら、考え続ける。 相手もそんなエドワードの態度を、望んでいるのではないかと…。 *** 各地を旅して回るのも、大分と板に付いてきた。 そして、定期報告と情報収集を兼ねて、 司令部へと足を運んでくるのにも。 まぁ、ここ東方司令部は、自分の後見人の本拠地と言うことも有って、 他よりも馴染んでいるのは当然なのだろう。 後見人で東方の司令官代理も務めている男、ロイ・マスタング大佐は、 軍人にしては少々変り種のような気もする。 エドワードも、良く知っていると言うほどではないが、軍や軍人達の事は、 一般の市民よりも解ってきてもいる。 旅の経過で他の軍の施設や、 司令部にも足を運ぶ事はあるが、それでも、ここ東方のようにおおらかな、 開放的な司令部は余り見なかった。 と言うより、ここが例外のような気もする。 普通、軍の社会は機密や危険が多いせいか、閉鎖的な感じを受ける所が殆どだったが、 ここにはそんな、重っ苦しい空気は漂っていないし、上官が威張り散らしてるような光景も、 余り目にした事がない。 まぁそれもこれも、上官からして部下に叱られ、 脅されながら仕事をさせられているような人間だったから、 多少上に対する威厳が損なわれているのかも知れないが…。 が、それだけでないことは、今のエドワードにも少しずつ解り始めている。 *** 顔見知りの増えてきた司令部の廊下を進んでいると、あちらこちらからと、 二人にかかる挨拶を返しながら、目的の場所へと向かっていく。 いつも慌しい所ではあるが、今回は妙にそれに拍車がかかっているような、周囲の忙しなさだ。 「何だか皆忙しそうだよね?」 後ろから付いてきているアルフォンスも、そんな空気を感じ取っているのか、そんな風に聞いてきた。 「そうだな。 まぁ、またテロ予告とかに振り回されてるんだろ。 俺らが気にすることでもないさ」 憎まれ口を叩き、気にし過ぎる弟の負担を減らしてやる。 部外者のアルフォンスにしてみれば、兄に付いて司令部の出入りを許されていることにも、 酷く恐縮しているのだ。 もしこれで本当に司令部が非常体制に入っているようなら、 早々に辞退をする方が良いだろう。 そんな杞憂を抱えながら司令部の扉を開けてみると、いつもの面々が、嬉しそうに 出迎えてくれる様子に、小さな安堵の息を胸の中で付いた。 「よぉ大将、元気にしてたかぁ」 いつも気さくに声をかけてくれるハボック少尉が、今日も変わらずに一番に話しかけてくる。 「ハボック少尉もお久しぶりです」 「よぉ!」 それぞれの個性が良く判る挨拶を返しながら、中に入っていくと、 待ちかねたように、次々と挨拶の声がかけられてくる。 「エド、久しぶりだな。 ちょっと見ない間も、あんま変わってないな」 「なにぃー! それは俺が、年月逆行症候群のチビだとでも!」 「はいはい、兄さん、騒がないの、仕事中の皆さんの迷惑でしょ」 かけられた言葉に、いちいち大袈裟な反応を返すエドワードを抑えながら、 アルフォンスがそつなく皆へと挨拶を交わしていく。 「相変わらずだな、お前の兄貴は」 苦笑を浮かべてはいるが、その目は限りなく温かい眼差しだ。 そんな瞳を向けてくれるここの人達を、アルフォンスは嬉しく思っている。 多分、兄も同様だろう。 キャンキャンと吠えながらも、何だかんだと、会話に花を咲かせて笑っているのだから。 「今回は定期報告か?」 椅子を勧められるのに礼を告げながら、腰をかける。 「ああ、そろそろ出しとかないと、やばい頃だろ?」 探りを入れるように聞いてみると、皆も大きく頷き返してくる。 「ナイスタイミングだぜ。 この前も、定期報告に来ないってんで、 強請送還させるかみたいな事、呟いてたぜ」 「げっ、マジで!?」 途端に嫌そうに顔を歪めたエドワードの様子に、周囲から笑いが起こる。 「だから、言ったのに…。 あの時に戻ってれば良かったんだよ」 「う、煩い! 仕方ないだろ、丁度、閲覧できる期間が、 あん時しか取れなかったんだから…」 「それでも、電話くらい入れれば良かったでしょ!」 「うっ…」 鋭い弟の突っ込みに、エドワードの旗色が悪くなってくる。 「まぁまぁ、大将は熱中し出すと、全く他に気が回らなくなるからさ、 …悪気はないんだよ・・なっ?」 宥めるように援護をしてくれたハボックの問いかけに、エドワードも大きく頷き返して見せる。 「本当に、仕方ないんだから!」 日頃の鬱憤も溜まっているのか、なかなか怒りの矛先を変えてくれないアルフォンスの前で、 エドワードが小さくなっていると、助けの手が差し伸べられる。 「エドワード君も、アルフォンス君も、こんにちは。 はい、お茶でもどうぞ」 そう話しかけながら、二人の前にさりげなくカップを置いてくれるのは、 いつも決まってホークアイなのだ。 「あっ中尉、お久しぶりです! いつも、僕の分まですみません」 途端に嬉しげな様子でホークアイに礼を告げると、意識を切り替えて楽しそうに彼女と話し出す。 実はホークアイ中尉は、アルフォンスの密かな憧れの女性なのだ。 綺麗でしっかり者で、優しいこの女性は、アルフォンスが出会った中でも、 二番目に素晴らしい女性だと思っている。 勿論一番は、自分たちの母親だ。 機嫌良く話し出した弟の様子に、横で小さくなっていたエドワードが、 ホッとした様子で出されたお茶に手を伸ばしている。 そんな反省心の薄そうな兄への躾けは、また後ほどみっちりとと心に刻みながら、 向かいに腰かけてくれたホークアイとの会話を楽しむ事にした。 「最近、こちらはどうでしたか? 何だか入って来たときに、 忙しそうだなぁと兄とも話してたんですけど」 「そうね、少し前にちょっとした事件があって、漸く落ち着いたところなのよ」 「ええ! そうだったんですか? すみません、忙しいときに来ちゃって…」 恐縮するアルフォンスに、ホークアイが大丈夫と言うように、 小さく首を横に振って微笑み返してくれる。 「いえ、もう事件自体は片付いてるから、たいしたことはないのよ」 「でも…、あっ、僕でお手伝い出来ることがあったら、何でも言って下さいね。 荷物運びとか、書類の片付けとかもやりますから!」 はりきってそんな事を告げてくれる優しい少年に、日頃厳しいことで有名な彼女の頬も緩む。 「ありがとう。 そう言って貰えるだけでも、十分嬉しいわ。 でもそうね…、もしよければブラハの相手をして貰える? 最近、 バタバタしていて構ってやれなくて困っていたの」 無下には断らない彼女の思いやりに、アルフォンスが嬉しそうに元気な返事を返す。 「はい、全然大丈夫です! 僕、ブラハのことが大好きなんで、一杯遊んでやりますんで」 「そう? ありがとう、ブラハも喜ぶわ」 隣で和やかに話が決まっていくのを、エドワードが呆気に取られたように眺めていた。 「アルの奴、何か妙にハイテンションだよな…」 解せないと言うように、引き気味なエドワードがそう洩らすと、 周囲を囲んでいた男性陣から、小さな失笑が起こる。 「大将…、弟に先越されんなよぉ」 ニヤニヤと笑いながら、ハボックがそんな事を告げてくるのが、 更にエドワードの困惑を大きくする。 「先越されるって、何の?」 キョトンとした表情で、訊ねかえしてくるエドワードの様子に、 更に周囲の面々が、笑いを大きくする。 「何なんだよ、一体!」 不貞腐れ始めたエドワードの様子に、癇癪を起こされては堪らないとでも思ったのか、 慌てて笑いを収めて宥めにかかる。 「いやいや、いずれは大将にも、ちゃんと解る時がくるさ」 「そうだぜ、早ければいいってもんでもないしな」 「そうですよ。 エドワード君みたいに将来有望なら、この先、 引く手数多に決まってますし」 一向に答えを言わずに、意味不明なことばかりを告げてくるから、 エドワードの疑問は大きくなるばかりだ。 「だーかーら!! 何のことなんだよ!」 結局、癇癪を起こして、それでも全く察してもいないような彼の様子に、 周囲は明るい笑い声を上げて、話を流していく。 「まぁまぁ、その内な」 「そうそう、いずれな」 可笑しそうに笑い続けている周囲の様子に、エドワードはもう構わない事にして、 さっさと目的を終わらせようと、周囲を見回す。 「あれ? 大佐、もしかしたら奥にもいないわけ?」 通常なら、頃合を計って呼ばれるか、皆が行くようにと勧めてくるのだが、今日はそんな気配もない。 不在なら、不在と先に伝えてくれるのだが…。 「ああ、いや居るのは居るんだけどさ、ちょっと今仮眠中でな」 「仮眠中? こんな真昼間に? 判った! またさぼってんだろ? 俺、起こしてこようか?」 サボリ癖のある上司に、手を焼かされているのは聞かされていたので、 エドワードは気を利かせるつもりで、そう申し出てみる。 「いや、出来たらもう少し休ませてやってくれないか? お前らも先を急いでるんで、悪いんだけどさ…」 苦笑を浮かべて、済まなさそうに告げられた言葉に、エドワードが小さく驚いた表情を浮かべる。 日頃の皆の言動と違うことで怪訝そうな様子を見せると、ホークアイが説明をしてくれる。 「実は先日の事件、と言っても、本当は東方の管轄とは微妙に違ってる地区だったんだけど、 大佐が対応されたのよ。 それでずっと動いていらっしゃって、戻れば通常業務でしょ? ここ数日、仮眠も碌にとっていらっしゃらない状態だったんで、漸く一段落したから、 少しでも休んで貰おうと思って、仮眠に入ってもらったの」 ホークアイの説明に、エドワードの目が更に大きく丸くなる。 「大佐が、管轄も違うのに? でも軍って、そういう越境行為を凄く嫌がるんじゃなかったのか?」 それに、あのものぐさな男が、わざわざ自分で対応してまで? 「あっ、上からの命令だったのか?」 それなら納得できる。 時たま、面倒な事件ばかり押し付けられると、 ぼやいているのを聞いた事があったし、とエドワードが納得をしそうになっていると。 「いいえ、今回は大佐自ら希望されたのよ」 「大佐が!? 何でまた? だって、ここだって暇じゃないだろ?」 そんな他人の所なんか手伝って点数稼ぎするなら、自分の所を片付ければ良いじゃないか。 そんな不満が表情に表れていたのか、周囲が仕方無さそうな表情を見せてくる。 「大将はまだ日が浅いから仕方ないけどさ、別にあの人は仕事嫌いでも、 しないわけでもないんだぜ?」 苦笑を浮かべて告げられた内容に、エドワードは即座に反応を返す。 「でも!」 エドワードが上げようとした抗議の言葉を、ブレダが苦笑を湛えながら、静かに遮ってくる。 「ああ、お前さんの言いたい事は、判る。 でも、それだけじゃないんだ。 今回は、上に睨まれてでも大佐が出張ったのは、そうしないと検挙された奴らが、 全員処分されちまう可能性が高かったからなんだ」 その話された内容に、エドワードは言葉も出せずに茫然と周囲を見回す。 周囲の者達も、沈痛な表情を浮かべてはいるが、それでもエドワード達には 隠さずに話していってくれる。 「今回の事件は、テロと言うよりは、暴動に近かったの。 戦争での被害が癒えないうちに、 赴任した指揮官が悪かったのね、軍の圧制を強いられた市民が奮起して、 行動に移そうとしていたのよ」 「そのままだと反乱分子て事で、全員処罰されちまいかねなかったんで、大佐が出て行って、 兎に角その横暴な指揮官の悪行の証拠を押さえて、軍を黙らせて、市民に和解を申し込んだんだ」 「おかげで、リーダー格の何人かは、さすがに処罰の対象にはなったが、 それも大分罪状は軽くて済んだし、他の市民にはお咎めなしで済んだんだぜ」 代わる代わるに話されていく内容に、エドワードは先ほど自分が思い浮かべた考えを思い返して、 居た堪れない気が強くなる。 考えてみれば、ホークアイにしてみても、ハボック少尉や、ブレダ少尉、 そしてファルマン曹長やフュリー伍長にしてみても、皆優秀な人材ばかりだ。 そして人柄も、少なくとも他の軍の人間よりも、ずっと好意を持てるメンバーばかりなのだ。 部下がこれだけ優秀という事は、上もやはりそれなりの人間でないと、 彼らがこうして付き従ってくるわけがない。 どうして、そんな簡単な事も思いつかなかったのだろう…。 大人しくなったエドワードを心配して、皆が口調を穏かにして続けてくれる。 「大佐な、事件が終わった後直ぐに、方々を駆けずり回って、事件の関係者の罪が軽くなるように 根回ししてたんだ、連日殆ど寝ないで事件解決した後にさ。 ・・・・・そういうところも、ある人なんだぜ」 その言葉に、コクリと頷いて、小さく謝罪を零す。 「うん…、ごめん、俺が考えなし過ぎた…」 エドワードの素直な言葉は、周りを囲んでいたメンバー達の表情を緩める。 エドワードは誤解されやすい処もあるが、本来は素直で思いやり深い子供だ。 間違った事が嫌いな為、大人の軍の中では融通が利かず、色々と騒動を起こしはするが、 それも彼の正義心の表れでもある。 そして皆、そんなエドワードだからこそ、可愛がっているのだから。 「いいのよ。 大佐も悪いんだから。 普段の行いがアレでは、誤解されても仕方ないもの」 微笑みながら告げてくれる言葉に、周囲も賛同するように、言葉を継いでくる。 「そうそう、大佐のは自業自得! この前だってよ、俺がさんざん通ってやっと 話せるようになったカフェの子と、デートだぜ、デート~! 俺の苦労を返してくれって、言いたいー」 拳を作って語る横で、ブレダが冷ややかに突っ込みを入れてくる。 「バ~カ。 お前が返して欲しいのは、通うのにつぎ込んだ金だろうが。 給料前に散財して、いい格好するからだ」 「ハボック少尉、前もそんなこと言ってませんでした?」 フュリーの素朴な質問が、ハボックの古傷を抉る。 「お前な~、過去はこの際、関係ないだろうが!」 「それを言うなら、今のこの話の流れでは、ハボック少尉の惨めな経験談も必要ないのでは?」 「惨めとか言うな~!」 わいわい、ギャーギャーと騒がしく言い合うメンバーのおかげで、 エドワードの落ち込んでいた気分も、少しだけ浮上する。 彼らはいつでもこうやって、エドワードの気持ちを思いやってくれる。 それが何だか、こそばゆいような、嬉しい気持ちを抱かせるのだ。 「何だ、えらく賑やかだな…」 ガチャリと執務室の扉が開いて、上着を脱いで少しくだけた格好のロイが、 寝乱れた髪をかき上げながら出てくる。 「あっ大佐、スンマセン煩かったですか?」 もう少し休ませておきたいと話した後だと言うのに、起こしてしまったかと 反省しながら伺ってみる。 「いや…、どうせ、もうそろそろ起きないと、終業に間に合わないからな。 鋼の、アルフォンス君、戻ってたのか?」 珍しい顔を見たと言うように、ロイが声をかけてくるのに、アルフォンスが 恐縮して立ち上がり、挨拶をする。 「あっ、お久しぶりです。 すみません、今回は遅くなりまして!」 弟が礼儀正しい挨拶をしている横では、エドワードがひらひらと手を振りながら。 「おっーす、久しぶりデス」と、何とも無礼な挨拶を返している。 そんな兄の態度に、慌てたようにアルフォンスが叱責を上げる。 「兄さん!!」 「構わないよ、アルフォンス君。 君の兄さんの態度をいちいち気にしてたら、 日が暮れてしまう。 鋼の、報告書は仕上がってるんだろうな?」 「おう、一応仕上げてはあるけど、あんたが気に入るかは解んないけど?」 ごそごそとトランクから、報告書を取り出しながら、そんな生意気な言葉を返す。 「判った、隣で見せてもらおうか。 取りあえず、顔を洗ってくるから、君は先に入って待っておけ」 そう告げて部屋を出て行ったロイの指示どうり、エドワードは執務室へと足を向ける。 「後で、お茶を運ぶわね」 そう声をかけてくれるホークアイに、小さく会釈と礼を告げて、執務室の中に入って行く エドワードの姿を、メンバー全員が苦笑と共に見送る。 「大将、俺らには普通に愛想いいんだけどなぁ」 「そうですよね。 エドワード君のそういう処を大佐が見ていれば、 誤解も減ると思うんですけど」 メンバーのそんな言葉に、カションと小さな音をたてて、アルフォンスが首を傾げ、 ホークアイと微笑みあってる雰囲気を作っている。 「なんだよ、アル?」 メンバーからの怪訝そうな問いかけに、フフフと意味ありげな笑いを零すと。 「兄さん別に、大佐と仲は悪くないと思いますよ?」 「ええ、大佐もちゃんと、お判りだと思うけど?」 二人の連なる言葉に、周囲に小さな驚きが広がり、発言した二人の方に視線が集まる。 「そうですかぁ? 何かあの二人、寄ると触るともめてません?」 疑惑の返答にも、二人は揃って含み笑いを交換し合ってみせる。 「「似た者同士なんですよ。(でしょ)」」 そう互いにハモッた言葉に、周囲は大いに首を傾げて見せた。 入った主不在の部屋を、エドワードはぐるりと見回すと、定席になっているソファーに腰を下ろす。 本来なら、上司の許可もなく座っているなど許されないが、別段それで叱られた事も無い。 …無いどころか。 「待たせたな」 言葉どうり顔を洗ってきたのだろう、先ほどよりは幾分とすっきりした表情で、 ロイが入って来て向かいに座る。 本来報告の類を行うときは、目下は立って行うのが通例だ。 が、最初の数回は形式にそった記憶もあるが、その後はロイの、 『君の報告は長いから、聞き取りにくい』の言葉で、互いにソファーで 座りあってが普通になっている。 「俺は別にいいけど…。 大佐、大分と参ってるんじゃないのか?」 「私が? 私はいつでも、そう変わらないさ。 優秀な者の宿命だな。 軍では優秀な人間を、暇にさせているような時間は無いんでね」 フフフンと鼻を鳴らして、子憎たらしい表情を見せるロイに、 「けっ、相変わらず澄ました奴だな」 と、ぼそっとエドワードが悪態を吐く。 「何か言ったかね?」 聞こえてるだろうに、取り合わない相手に、エドワードは肩を竦めて返事を返す。 「な~ンにも御座いません!」 「そうか、なら報告を始めたまえ」 「はいはい」 「はいは1回」 そんなやり取りを交わした後は、互いに真剣に報告書を検討し合って行く。 それが二人の定例だった。 「まぁ今回は、大まかにはこれで良いだろう。 今回の旅では珍しく、 あまり厄介ごとに首を突っ込んでもいないようだしな」 そう告げながら、受け取った報告書にサインを書き込んで、処理済の箱に収める。 「俺はいつでも、無用に首なんか突っ込まねえよぉーだ」 そんな可愛気のないエドワードの反論に、フンと鼻で哂って流すと、 引き出しから鍵を取り出して、エドワードに放り渡す。 「ああそうだったな、君は確かに首は突っ込んでるわけじゃないな。 ただトラブルに、妙に好かれてるだけだろうさ」 そんなロイの言葉にムッとしながらも、投げられた鍵を逃さずにキャッチしすかさず聞き返す。 「この鍵を渡してくれるってことは、何か新しいのが入ったのか?」 「ああ、あまり君の役には立たないかもしれないが、無いより幾らかはマシだろう」 その言葉に、エドワードがにんまり笑うと、早速とばかりにソファーから 腰を上げて出て行こうとする。 「ああ、待ちたまえ。 時間は、そうだな。 私の終業時までの、3時間程で切り上げてくれよ」 意外な引き止めの言葉に、エドワードは訝しげに振り返る。 「なんで?」 いつもなら、時間の制限など設けられた事はない。 適当に鍵を預けて帰れば良いと言われていたのに。 そんなエドワードの疑問を受け止めて、ロイが理由を話してくれる。 「今日は久しぶりに帰ってきたんだ。 皆で食事にでも出かけて、 親睦を図るのも必要だろ?」 そんなロイの言葉に、へっ?と言うように間の抜けた表情を浮かべて返してしまう。 「どうせ、ハボックあたりにたかられるなら、早めに済まそうと思っただけだ。 君らが帰ってるなら、良い口実もあることだしな」 その言葉に、先ほどまで話していた皆との会話を思い出す。 「あんた…、聞いてたんだ」 「人聞きの悪い。 別に盗み聞きしていたわけじゃないぞ。 あれだけ騒いでいれば、 勝手に聞こえてきても仕方ないだろうが」 肩を竦めて見せる仕草が、妙に胡散臭いが、確かに少々煩かったのは確かでもある。 「まぁ、俺らは別に良いけどな。 わかった、アルに伝えておく」 「ああ。 ついでに皆にも、定時に上がれるようにしておけと、言っといてくれ」 それだけ言い終わると、残りの書類の決済に取り掛かるロイに、 「わかった」とだけ伝えて、エドワードは部屋を出て行った。 ロイからの言葉を伝え、大喜びの面々を後にして、エドワードは渡された鍵の資料室へと向かう。 そして、道すがら、ロイの事を考える。 彼は何かの折に触れ、こうやってエドワード達に構う時間を作り出す。 今回のように、親睦の意味を込めてや、コミニケーションだの、社会での処世術だとか、 果ては暇潰しなどの相手だと言われる時もあるが、それらは全て、エドワードとアルフォンスが、 軍の、特にこの東方で気兼ねなく過ごせるようにとの気遣いが含まれている事は、 エドワードもアルフォンスも、二人とも気づいていた。 忙しいこの東方で、更に司令官代理を務めている高官が、そうそう突然訪れた部下に合わせて、 時間を作れる筈も無い。 が彼は、二人には気づかせないように理由をつけては、エドワード達が 皆と溶け込め易いようにしてくれている。 『妙な軍人だよな』 エドワードのロイへの認識の1番が、それに尽きる。 不遜な部下を煙たがるわけでも、厭うわけでもなく、仲間として皆と分け隔てなく接してくれる。 それが一番、エドワードにとっては不可解な出来事だった。 出来れば一度、 きっちりとその理由を聞いてみたいと、そう思うほどに。 そしてそれからも、理由は聞けないままに月日は過ぎ、ロイとその仲間達と、 エドワード達の関係は変わらずに続いていく。 ロイは相変わらず、エドワード達が巻き起こす出来事や事件を、胡散臭い笑みと皮肉か、 呆れたように嫌味を言う他、厳しく叱責をするでも、咎めるわけでもなく、 飄々とした態度を崩さないままだった。 そんなロイの態度が、自分たち如き取るに足らないと、示されてる気がして、 エドワードの癇に障ってもいたから、反抗的な態度が正される事もないまま、二人の関係は続いていた。 …そうある時の出来事がまでは…。 ↓面白かったら、ポチッとな。 ジャンル別一覧
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